〈ムジタンツ〉はピアニストの酒井雅代さんと、パフォーマンスプロジェクト《居間 theater》のメンバーでダンサー・パフォーマーの山崎朋さんが2018年に東京藝術大学の一般公開講座の一環で立ち上げたプログラムです。クラシック音楽を題材に、ダンスや身体表現を融合させた新しい形のワークショップで体験的に作品を味わうことができ、例えば「音楽と物語」というシリーズでは、チャイコフスキー作曲『眠れる森の美女』をテーマに、参加型演劇やバレエのマイムから発展する音と言葉とからだによる遊びを提案しています。
2019年以降は「アトリエ・ムジタンツ」と題して、地域課題に根ざしたプログラム内容のカスタマイズに取り組み、墨田区の興望館保育園や両国門天ホール、台東区のこども食堂、足立区の母子生活支援施設でのアウトリーチを試みました。酒井さんは足立区の母子生活支援施設での活動を振り返り「[施設職員へのヒアリングなどを通して]なかなか課題が多い環境である、ということがわかってきて、少し肩に力が入った。今までの活動は基本的に音楽活動とかダンスとかをやりたい子どもたちが集まってきてくれているのに対して、ここの施設に入っていくということは、やりたいかどうかもわからない。私たちがいわば勝手に『お邪魔しにいく』わけで、そういったところで何ができるんだろうということはすごく悩みながら、周りの大人と一緒に考えながら作っていった」と話します。また、山崎さんは「ムジタンツはどんどん脱線するシーンがある。いわば『遊びの余地』が増えていく。どんどんプログラムも変わっていくのが印象的だった」と、講座が生活の現場とコラボレーションすることで生まれる化学反応とその面白みについて言及しました。
ただ、コロナ禍以降はプログラム内容の変更を余儀なくされたり、開催自体を延期・中止したりと、悩みは尽きないと酒井さんは言います。「チーム内で会議をしたときに『誰のためにやってるんだろう』『本当は何のためにやってるんだろう』って話してるうちに、一周回って『自分たちがやりたいだけじゃない?』って言ったりしながら、でも感染対策に気をつけて実施して。子どもたちの反応を見たら嬉しいし、すごく自分にとって得られるものも大きいし、施設の方も喜んでくれるので、よかった、って思うけど、すっきりはっきりよかった、って言っていいのか、みたいなもやもやは常に残りつつ、みたいな感じで活動を続けてきている気がします。」

ピアレビュー①:誰とつくるか、誰にとどけるか

〈ムジタンツ〉の山崎さんは、〈トリトン・アーツ・ネットワーク〉の取り組みについて、「日頃出会わない体験を持っていく」ことを共通点に挙げました。そして「規模感・組織体制・プログラムの内容」の3点が大きく異なる点と話しました。特に周辺地域の子どもの人口増加によって「3つの小」を維持できないという〈トリトン・アーツ・ネットワーク〉の最近の悩みは、小規模で、まだ歴史も浅い〈ムジタンツ〉の活動とは対照的で印象に残っていると言います。
これを受けて〈トリトン・アーツ・ネットワーク〉の櫻井さんは「わたしたちの活動には『ゆるゆる』が足りない」とプログラム面での相違点を指摘しました。コンサート制作のプロのスタッフが、プロの演奏家とつくりあげるアウトリーチプログラムは「できあがっている」ので、個人的には第一生命ホールのサポーターチームとの協働を望んでいるけれども、実際のところ「お任せするのは難しい」ポイントが多々あると話します。また、〈ムジタンツ〉がひとりの子どもへの時間を丁寧につくっているのに対して、〈トリトン・アーツ・ネットワーク〉では、より多くの子どもが10歳になったらプロのクラシック音楽の演奏を聴く機会を設ける、という方針で活動している、とターゲット層の設定の違いにも触れました。

また、〈ムジタンツ〉の酒井さんは「普段子どもたちと接している学童の先生と、私たちの受入窓口になってくださっている担当の方との間に温度差があることを感じた」と言います。これに対して〈トリトン・アーツ・ネットワーク〉櫻井さんは、以前小学校の先生に厳しい反応を示されたエピソードから、「今まで体験したことのないものだから拒否反応が出る人もいるけど、まずは一度体験してもらう機会を提供していくことが大切なのではないか。これで人生が変わる子がいるかもしれない」と応えます。「毎年顔を合わせる先生たちとは信頼関係ができてきていて、こちらの都合でプログラムを持ち込んでいるのではという心配も段々薄れてきた。コロナ禍以降は、学校行事の中止や家庭内での外出も減少し、子どもたちのストレスを学校教諭がより感じているとのこと。わたしたちのプログラムが『本当に必要とされているんだな』ということも感じるようになった」と話し、事業を継続することの重要性について語りました。

〈ムジタンツ〉の山崎さんも「プログラムをどう続けていくか」について投げかけます。「〈ムジタンツ〉は、自分たちが面白いと思う楽曲へのアプローチにもとづく“遊び道具”を携えて、子どもたちと一緒に『どうやって遊ぶ?』を考えるスタンスの取り組み。新鮮な非日常として楽しんでもらえると同時に、そのうち思いもよらなかった遊び方が出てきたり、遊び道具自体を改良させたくなったりして、1回限りのプログラムでは足りなくなり、継続したい欲が出てくる」と話します。これに伴って「プログラム以外の場面での関係性の作り方についても変わってきざるを得ない」と言います。一回限りの関係性で終わらないために、そしてプログラムを独りよがりなものにしないために、〈ムジタンツ〉は次のアイデアを模索しているとのことです。