ラウンドテーブル ARTs×SDGsの可能性をめぐる対話と実践
隅田川を舞台に展開するSDGsプロトタイピング
第一章:サーキュラー・ダイアローグ
vol.1 再生可能エネルギー Renewable energy

2022年11月26日(土)

ファシリテーター 平井有太(TADORi編集室、認定NPO法人ふくしま30年プロジェクト理事、アーティスト)

ゲスト
利岡憲(みんな電力)、上村祐樹(株式会社U-POWER)、松島直子(「アートパラ深川おしゃべりな芸術祭」実行委員長)、大久保勝仁(電気湯)、前川久美(I JUST,INC.)、染谷ゆみ(TOKYO油田プロジェクトリーダー、株式会社ユーズ代表取締役、株式会社TOKYO油電力代表取締役)(※前川さん・染谷さんは、映像によるプレゼンテーション)

ディレクター 清宮陵一(NPO法人トッピングイースト理事長)
サウンドデザイン 小野龍一(音楽家)
プロデューサー
:熊倉純子(東京藝術大学教授)

「遠い出来事だと思っていたSDGsだけど、何か自分も関わることができるかも」

2030年の実現に向けて設定された17のゴールと169のターゲットからなるSDGs。
東京藝術大学は、2021年度よりアートの力を通してSDGsの達成に貢献するため「藝大SDGs」に取り組んでいます。その気運の高まりを受け、「すみだ川アートラウンド」は、隅田川流域をアート×SDGs実践に向けたプロトタイプの場に設定し、2022年度より活動を始めました。

ラウンドテーブルは、まず7月に基調講演「ARTs×SDGsの可能性」を、9月に「食 Food cycle」を実施しました。これらの取り組みによって「遠い出来事だと思っていたSDGsだけど、何か自分も関わることができるかも」とSDGsを自分ごととして捉えるようになった人が徐々に増えてきています。

「再生可能エネルギー Renewable energy」は、熊倉教授・清宮ディレクター・ファシリテーターを務める平井さんが「藝大SDGs」から今回の場を設けることになった背景を説明する「Scene1 導入」、再生可能エネルギーの第一線を担う利岡さん・上村さん、東京都環境局総務部環境政策課 神山さんによるプレゼンテーション「Scene2 再エネ業界の現状」、松島さんをはじめとする4名による「Scene3 プレゼンテーション」、全参加者がひとつの大きな円となって気づきや今後の期待を述べる「Scene4 ラウンドテーブル」の4部構成で展開しました。

発表者プレゼンテーション資料より引用

日本初の電気実験が行われた土地・深川で

最初に、ファシリテーター 平井さんが今回の背景を話しました。7年前に墨田区に転居した平井さんは、アーティスト活動の一環として、みんな電力をはじめとする再生可能エネルギーの活動に取り組んでいます。
平井さんは、今後を考えながらジョギングしていると「平賀源内電気実験の地」という石碑を見つけました。この石碑を発見した時、運命的なものを感じ、江戸時代から脈々と続く文脈がある土地だからこそ、大きな会社に頼らず、自分たちの手で二酸化炭素を排出しない電力を作り、使うサイクルを築くことができるのではないかという閃きと感動を抱いたそうです。しかし再生可能エネルギーへの強い思いを抱きながら、なかなか動けずにいたところ、清宮ディレクターより協働の提案があり、今回「再生可能エネルギー Renewable energy」を実施することになったと話しました。

隅田川流域で再生可能エネルギーを実装するために
集結した7人のゲスト

利岡憲(みんな電力)

利岡さんは、学生時代に書籍や雑貨を販売するヴィレッジヴァンガードに魅了されて10年働いた後、みんな電力に入社しました。利岡さんは「みんな電力とヴィレッジヴァンガードでは業務内容はそんなに変わらない。両者ともに自分の好きな商品を見つけ、商品の魅力を工夫して説明し、お客様にお届けする。ヴィレッジヴァンガードでは自分が好きな小説やマンガを売り、みんな電力では自分が好きな電力を売っている」と話します。
利岡さんは、再エネの現状として、2016年に電気の小売業への参入が全面自由化され、消費者が「発電所を選べる自由」を得たことをテーマにプレゼンテーションを進めました。その具体例として、発電所を選べることから展開された3つの自由「発電所をえらんで、お酒をつくっちゃう自由」・「発電所をえらんで、銭湯をおうえんする自由」・「発電所をつかって、仲良くなっちゃう自由」を取り上げ、紹介しました。

(1)「発電所をえらんで、お酒をつくっちゃう自由」
1つ目は、農業だけでは採算が取れず、担い手が減少するという厳しい状況が続く国内で、新たな展開を行う神奈川県小田原市の水田農家と酒造の方の事例です。水田農家の方は、営農を続けながら太陽光発電を行うソーラーシェアリングを導入し、みんな電力を通して、電力を酒造の方に販売する。酒造の方は、農家の方からお米と電力を購入し、日本酒を作る。水田農家の方が農業+発電で収入を得て、農業を続けることのできる仕組みを構築しています

発表者プレゼンテーション資料より引用

(2)「発電所をえらんで、銭湯をおうえんする自由」
次に紹介されたのは墨田区 電気湯の事例です。銭湯は、法律によって各都道府県知事が入湯料を設定することが定められているため、ウクライナ危機など外的な事情により運営費が高騰しても、事業者自身で入湯料を設定することができず、その経営は非常に難しいそうです。味わいのある銭湯を残し続けたいと思う利岡さんは、個人ユーザーの応援金を電気湯に届けることで、経営安定に向けたサポートを行う仕組みを構築しました。

発表者プレゼンテーション資料より引用

(3)「発電所をつかって、仲良くなっちゃう自由」
最後は、おながわ奨学金発電所の事例を紹介しました。宮城県牡鹿郡女川町には、原子力発電所があります。女川町にも原発反対/賛成の意見を持つ方がいますが、政治的対立を乗り越え「女川出身の学生のため」という共通の目的のもと、おながわ奨学金発電所に出資し、発電利益をもとに奨学金制度を作ったそうです。このように女川では、発電によって地域の人が仲良くなっちゃうというスキームを構築しています。

発表者プレゼンテーション資料より引用

プレゼンテーション後には、ファシリテーター 平井さんから質問が寄せられました。2012年から3年間、福島で放射能の値を測る活動を行った平井さんは、矛盾にまみれた状態を目の当たりにし、原発反対と訴えても世界は変わらない、電気を自分事として捉えていなかったと気づき、現在の活動を行うようになったと話しました。そして利岡さんに、現在は電気を自分事として捉える人が増えていると思うかどうか、また電気を自分事として捉えることのメリットについて質問しました。
利岡さんは、電気を自分事として捉える人は増えているという実感があり、さらに、みんな電力のユーザーとしてただ使うだけだった入社前の2年間よりも、入社し深く活動に関わるようになったことでより楽しくなったとご自身の体験談を話しました。

上村祐樹(株式会社U-POWER)

「直近のエネルギー市場動向」・「地域新電力とは」という2つのテーマを軸にプレゼンテーションを進めました。

(1)直近のエネルギー市場動向
電力市場価格が高騰した2021年1月以降、新電力会社のうち、破産・会社更生・民事再生等に至ったのは21社、休廃止に至ったのは37社もあり、今後も高騰が続けば、さらに事業撤退・休廃止する会社は増加する傾向にあることが推測されます。
電気は現在、固定の単価で供給されていますが、調達の値段(原価)がどんどん上がっています。電力会社は非常に厳しい経営状況にあり、今後、固定の単価で供給できなくなる状況がありうるそうです。上村さんは直近の市場動向を踏まえ、「再生可能エネルギーの取り組みも大事だが、エネルギー業界全体を考え、電力の安定供給や価格の低廉化を並行して進めたい」と今後の展望を話しました。

(2)地域新電力とは
上村さんは、宮城県気仙沼市や千葉県銚子市での地域新電力事業に取り組んだ経験を踏まえ、「エネルギー危機により頓挫しているが、地域新電力について再考の余地がある」と話します。地域新電力は、官民一体となり、地域で発電し、地域の事業者が電力を販売し、地域で電力を使用する、電力の地域内循環を進める仕組みです。上村さんは、地域の人たちがエネルギーを主体的に考える必要があることを認識しなければ、その地域は、主体的に考え、動いた地域に比べ、どんどん陳腐化していくことを危惧しており、隅田川流域で地域新電力が実践できるとよいのではと今後の展開に期待を寄せました。

発表者プレゼンテーション資料より引用

神山一(東京都環境局総務部環境政策課長)

※映像によるプレゼンテーション

事前告知はしておりませんでしたが、東京都環境局総務部環境政策課長 神山さんも映像によるプレゼンテーションを行いました。神山さんは、都庁に入庁して25年、入庁以前は環境系NGOでも活動しており、環境政策に長く取り組んできました。神山さんは、ロシア・ウクライナ情勢によるエネルギー危機、生物多様性の喪失など東京が抱えている環境問題解決のために残された時間は少ないと強い危機感を抱き、「東京都環境基本計画」などの政策実現に取り組んでいます。直面する危機をチャンスと捉え、行動していきたいと今後の意気込みを話しました。

松島直子(「アートパラ深川おしゃべりな芸術祭」実行委員長)

「アートパラ深川おしゃべりな芸術祭」は、門前仲町・清澄白河・森下・深川エリアで、障がいのあるアーティストの作品展示を中心に、障がいの有無に関係なく楽しめるイベントやワークショップも開催する芸術祭です。アートにはこれまで触れたことがないが、人とのつながりによって集まった人が9割以上の体制(実行委員:約95名、ボランティア:約300名)で運営を行っています。
松島さんの活動は、再生可能エネルギーと直接的な関わりを持っていません。「アートパラ深川おしゃべりな芸術祭」の実行委員も務める平井さんが、地域で個性豊かな人たちがアート活動をともに行ったノウハウを今回のプロジェクトにも生かしたいとお呼びしました。

大久保勝仁(電気湯)

電気湯は、1922(大正11)年6月創業の墨田区にある銭湯です。大久保さんは国連の仕事を経て、3年前に家業の電気湯を継ぎました。

発表者プレゼンテーション資料より引用

SDGs評価指標開発の仕事にも取り組んでいた大久保さんは、「SDGsは思想ではなく、2030年までにありたい世界に対する指標の塊でしかなく、本当に大切なのは、SDGsを読み込んで、自分の行動範囲に落とし込んで、できることを見つけ、行動することだ」と話します。大久保さんは、家に帰れずホテルで暮らし、移動中の飛行機ではずっと寝るような生活を送り、悲惨な現場に遭遇しても、職場では数値でその出来事を表現しようとしている自分に戸惑いを覚え、国連の仕事を辞めたいと感じるようになりました。26歳の誕生日にストレス過多で顔半分が動かなくなるという経験をしているなかで、祖母が家業を畳もうとしていることを知り、家業を継ぐことを決意したそうです。
大久保さんは、まず自身の周りでの最小不幸社会実現を目指し、幸せを耕していくのではなく、目に見える不幸を一つ一つ減らしていくことに重きを置き、電気湯で使用する電気を再生可能エネルギーで100%賄っています。遠い出来事のように思われるSDGs実現に対して、自身ができることから取り組み始める大久保さんのように、私たちもまず小さなことでも行動に移してみることが必要かもしれません。

前川久美(I JUST,INC.)

※映像によるプレゼンテーション

前川さんは太陽光発電の仕組みを一から勉強し、電力会社に頼らず、自分でエネルギーを作って使う、持ち運びも可能なオフグリットシステム「でんきバンク」を考案しました。今回の「再生可能エネルギー Renewable energy」でも実際に「でんきバンク」を用い、会場前に太陽光パネルを設置し、音響システムで使用するエネルギーを賄いました。東京は多くの電力を消費しているにもかかわらず、発電している場所が少ない。大きく考えると難しくなるが、小さく考え、わずかなエネルギーでも発電している場所が増えれば、東京が抱える問題は少しでも良くなるのではないかと前川さんは話します。電気がないと動かない社会になっている東京。前川さんのように自分で作った電気を自分で使う生活を送ることから新たな何かが生まれるかもしれません。

染谷ゆみ(TOKYO油田プロジェクトリーダー、株式会社ユーズ代表取締役、株式会社TOKYO油電力代表取締役)

※映像によるプレゼンテーション

使用済みの天ぷら油を回収してバイオ燃料等に再資源化するリサイクルプロジェクト「TOKYO油田2017」を進める染谷さんは、生活者の意識次第で、現在捨てている油を回収し、再資源化を進めれば、東京は世界最大の油田になるのではと新たな可能性を提示します。
さらに染谷さんは、気候変動は待ってはくれない、環境に負荷がないものを選択するなど自分たちの未来をみんなの知恵を絞って作っていきたいと話しました。

見えないから、自分ごととして考えることができないエネルギー問題にアートはどのように関わっていくか

全参加者がひとつの大きな円となって気づきや今後の期待を話す「Scene4 ラウンドテーブル」では、「電力の問題を自分ごととは考えていなかったけれど、今日の話を聞いて自分も何かできるかも。電力を送る/送られる以外の新たなつながりを作りたいと思った」という参加者の声が多く寄せられました。ゲストの松島さんは自分の家で発電することを決心し、利岡さんは「エネルギーは見えない・体感できない、インビジブルなものだから自分ごととして考えにくい現状がある。ぜひアートの力でこの問題を解決したい」と今後の意気込みを話しました。

アートによるつながりから、いかにエネルギーを生み出すか

熊倉教授は、現代美術には絵画などモノをつくるアート、人のつながりなどコトをつくるアートの2種類があり、後者の「縁」を作り、一瞬のエネルギーを生み出す特徴を生かし、アートだけでなく電気も作れたらと今後の展開案を話しました。

諦めかけていたけれど、やる気が出てきた

最後にファシリテーター 平井さんが、本来の開催予定であった8月ではなく、電力逼迫問題が強く叫ばれるようになった2022年11月に開催できたからこそ、今回の話がより肉厚的になったのではないか。再生可能エネルギーの活動に対して諦めを感じていたこともあったが、改めて今後の活動にやる気が出てきたと今後の抱負を話し、「再生可能エネルギー Renewable energy」は幕を閉じました。

レポーター:松本知珠
写真:中川周