ラウンドテーブル ARTs×SDGsの可能性をめぐる対話と実践
隅田川を舞台に展開するSDGsプロトタイピング
第一章:サーキュラー・ダイアローグ
vol.3 モビリティ Mobility

2023年1月21日(土)

ファシリテーター 岩本唯史(ミズベリングプロジェクトディレクター/(株)水辺総研代表取締役/水辺荘共同発起人/建築設計事務所RaasDESIGN主宰)

ゲスト
佐藤美穂(舟遊びみづは オーナー/株式会社フローティングライフ 代表取締役)、武井祐介(WHILL株式会社 自動運転サービス開発1部 部長)、平野拓身(株式会社ジール 代表取締役)、福田一太(東武鉄道株式会社)、森庸太朗(株式会社ストリーモ)、森山育子(墨田区観光協会 理事長)(※平野さんは、映像によるプレゼンテーション)

ディレクター 清宮陵一(NPO法人トッピングイースト理事長)
サウンドデザイン 小野龍一(音楽家)
プロデューサー
 熊倉純子(東京藝術大学教授)

2030年の実現に向けて設定された17のゴールと169のターゲットからなるSDGs。
東京藝術大学は、2021年度よりアートの力を通してSDGsの達成に貢献するため「藝大SDGs」に取り組んでいます。その気運の高まりを受け、「すみだ川アートラウンド」は、隅田川流域をArts×SDGs実践に向けたプロトタイプの場に設定し、2022年度より活動を始めました。
ラウンドテーブルは、基調講演、「vol.1 再生可能エネルギー Renewable energy」、「vol.2 食 Food cycle」に続き、「vol.3 モビリティ Mobility」を2023年1月21日に開催しました。

モビリティをミックスすることで生まれる水辺の賑わい

水辺は、水害から市民生活を守るという観点から厳しく管理されてきましたが、2011年に河川空間の利活用に関する規制が緩和されたことにより、民間事業者による営利目的の利用が可能となりました。川とまちを遮り、川から人を遠ざける堤防から川とまちの連続性をつくり、人が川の風景を楽しむことができる空間へと再生し賑わいを取り戻した大阪・北浜テラスのような事例も増えている一方で、事業者間の連携が取れず、そのポテンシャルを最大限に引き出しきれていない水辺も多く存在します。
水辺活用の新しい可能性を切り開く官民一体の協働プロジェクト「ミズベリング」のディレクターとして活動し、今回のファシリテーターを務める岩本唯史さんは、キーワードとして「ミックス」を掲げました。様々なモビリティに関わる立場の方に集まって頂いたので、それぞれの視点を生かし、昭和初期には5分間隔で船が走っていたこともある隅田川で、モビリティ同士、例えば自転車と船をミックスさせて利用できるようにすることで、さらなる賑わいを生み出したいと今回のねらいを話しました。

発表者プレゼンテーション資料より引用

清宮ディレクターから岩本さんに、官民が協同連携し、あらゆる移動が1つのサービスとしてシームレスにつながるMaaSの取り組みが国内では進められているのかどうか質問が寄せられました。
国内でもMaaS実現に向けた動きはあるものの、ドイツ・ベルリン交通局が提供する「Jelbi(イェルビ)」のようなサービス実現には至っていません。何が実現に向けた障壁となっているのか、「隅田川版MaaS」のあり方を探るべく、様々なモビリティや行政・観光に関わるゲストによるプレゼンテーションが始まりました。

発表者プレゼンテーション資料より引用

「隅田川版MaaS」のあり方を探るべく集結した
8人のゲストによるプレゼンテーション

森山育子(墨田区観光協会 理事長)

一昨年から墨田区内の喫茶店巡りを行い、区内を歩き回っている森山さんは、墨田区の交通網・移動手段、観光振興における4つの課題(①日常的な交通手段として用いるには使い勝手が悪いコミュニティバス、②両国エリアから押上・北部地区への移動の面倒さ、③大型駐車場の少なさ、④内河川の防災船着場の利活用の停滞)を確認したうえで、その解決策として、①観光における日常的な舟運活用、②次世代モビリティの導入、③ウォーカブルな街づくりを提案しました。
感染症の影響で、休憩場所やクールスポット、街中ベンチの利用は制限されました。徐々に感染症流行前の生活に戻りつつある今、移動中に気軽に休むことができる環境を整えることが、かえって舟運活用や次世代モビリティの導入を活発化させることにつながるのではないでしょうか。

発表者プレゼンテーション資料より引用

プレゼンテーション後には、ファシリテーター 平井さんから質問が寄せられました。2012年から3年間、福島で放射能の値を測る活動を行った平井さんは、矛盾にまみれた状態を目の当たりにし、原発反対と訴えても世界は変わらない、電気を自分事として捉えていなかったと気づき、現在の活動を行うようになったと話しました。そして利岡さんに、現在は電気を自分事として捉える人が増えていると思うかどうか、また電気を自分事として捉えることのメリットについて質問しました。
利岡さんは、電気を自分事として捉える人は増えているという実感があり、さらに、みんな電力のユーザーとしてただ使うだけだった入社前の2年間よりも、入社し深く活動に関わるようになったことでより楽しくなったとご自身の体験談を話しました。

佐藤美穂(舟遊びみづは オーナー/株式会社フローティングライフ 代表取締役)

商社やIT企業・金融会社で働いたのち、人生の後半戦は江戸文化を伝える仕事をしたいと思った佐藤さんは、関東大震災や東京大空襲によって町並みが変わった東京で、江戸時代の痕跡が最も広い面積で残っているのは水路であり、屋形船事業が江戸時代の楽しみを今に蘇らせるのに適していると考え、2013年に舟遊びみづはをはじめました。水路の歴史には、今後の舟運活用、隅田川版MaaS実現に向けた取り組みのヒントが大いにありそうです。

平野拓身(株式会社ジール 代表取締役)
※映像によるプレゼンテーション

映像より引用

株式会社ジールは、クルーズ事業から映画やCMなどの映像分野の水中・水上・船舶撮影サポート事業を行っています。
平野さんは、幅広い事業経験を踏まえ、船は新たな交通手段として期待されている一方、FAXで1週間前には申請を行わなければ港に停留できないなど、未だに面倒な手続が残っているため、舟運活用を促進するために手続の合理化・簡素化を進める必要があることを指摘しました。

福田一太(東武鉄道株式会社)

福田さんは、日本で2番目、関東では1番の鉄道営業距離を誇る東武鉄道株式会社で、車で通過するエリアから歩いて楽しめるエリアへの転換を目指して、浅草から東京スカイツリー間のまちづくり業務を担当しています。福田さんも歩くことで地域の魅力を再発見することができるのではないかと森山さん同様、徒歩の重要性を指摘します。

発表者プレゼンテーション資料より引用

飯塚哲(公益財団法人東京都公園協会)

東京都公園協会は、都立公園・庭園以外にも、水上バスや隅田川テラス、防災船着場の管理運営も行っています。飯塚さんは上野公園のレストラン勤務に始まり、広報や研修運営業務などを経て、現在、隅田川沿いの賑わい創出事業を担当しています。
隅田川版MaaSを実現させるためには、隅田川流域の水辺と陸地を横断して事業を展開する東京都公園協会との連携のあり方が重要なポイントの一つとなりそうです。

武井祐介(WHILL株式会社 自動運転サービス開発1部 部長)

黒電話からスマートフォンのように他の機器が進化する一方、車椅子のデザインは90年近く、ほぼ変化がありませんでした。次世代電動車椅子 WHILLは、物理的・心理的バリアから「100m先のコンビニに行く」のをあきらめてしまった1人の車椅子ユーザーの声を受けて開発され、現在は20以上の国と地域で販売され、羽田空港にも導入されています。車椅子=障害者の乗り物として制限するのではなく、デザインによって障害の有無に関係なく車椅子を利用する未来を築こうとしているWHILLの取り組みのように、アートとモビリティとを掛け合わせることで、私たちはどのような未来を展開できるでしょうか。

森庸太朗(株式会社ストリーモ)

株式会社ストリーモは、墨田区で2022年10月から活動しています。学生時代に山岳部に所属していた森さんは、登りは徒歩、下りは自転車で行うことで、徒歩ならば登り下り通して2日掛かる山を1日で楽しむといった移動の工夫を行っていました。都市間の短距離移動に適したストリーモは、少しの工夫で移動の世界が変わることを多く体験している森さんの視点を生かし、開発されました。道路交通法が改正され、2023年7月以降、ストリーモのようなパーソナルモビリティは16歳以上の人なら誰でも免許不要で乗ることができるようになります。モビリティの進化は、私たちにどのような影響を与えるのか、楽しみです。

田中秀一(夢観月)

田中さんは、新型コロナウイルス感染症拡大を防ぐために、屋根をバッサリと切り落とし、オープントップ屋形船事業をはじめました。夢美月は、オープントップによる開放的な雰囲気によって数ある屋形船事業のなかでも上位の人気を誇るようになったそうです。隅田川版MaaS実現には、利便性だけでなく、水辺の開放感を活かす田中さんのような視点も必要かもしれません。

全参加者で思い描いた、モビリティの進化によって広がる未来

プレゼンテーション後に、全参加者でモビリティの進化からこんなことができたらいいなという空想を共有しました。「水上バスでテレワークを行いたい」、「最短路でなくても様々なモビリティをシームレスに利用できる仕組みを作りたい」、「観光目的ではなく日常的な交通手段として気軽にパッと乗れる船があればいいのに…」。

熊倉教授は、まちのなかを回遊することが多いアートプロジェクトの運営にパーソナルモビリティを取り入れたら新たな景色が生まれるかもしれない、参加者に行き先を知らせないまま自動運転の電動車椅子に乗って次の会場へ移動させたら思いも寄らない体験ができるかもしれないと、アートとモビリティとの掛け合わせによって広がる可能性に期待を寄せました。

岩本さんは、全参加者の空想を全体最適/個別のイノベーションに分類し、築地市場跡地開発をきっかけとする隅田川流域のモビリティの変革をロングタームビジョンで取り組みたい、建築家から水辺に関する仕事をライフワークにした経験を踏まえ、違和感を大切に、領域を越え、自分が思い描いていた未来からはみ出していくと面白い未来が待っていると今後の展望・期待を話し、「vol.3 モビリティ Mobility」の幕は閉じました。

レポーター:松本知珠
写真:中川周