ラウンドテーブル ARTs×SDGsの可能性をめぐる対話と実践
隅田川を舞台に展開するSDGsプロトタイピング
第一章:サーキュラー・ダイアローグ
Wrap Up  レポート

2023年2月18日(土)

講師 佐々木剛(東京海洋大学教授)
ゲスト 山本敦子(アートプロデューサー)

ディレクター 清宮陵一(NPO法人トッピングイースト理事長)
プロデューサー
 熊倉純子(東京藝術大学教授)

「すみだ川アートラウンド ラウンドテーブル」は、隅田川流域をARTs×SDGs実践に向けたプロトタイプの場に設定し、2022年度から活動を始め、これまで基調講演「ARTs×SDGsの可能性」、「vol.1 再生可能エネルギー Renewable energy」、「vol.2 食 Food cycle」、「vol.3 モビリティ Mobility」を開催しました。その締め括りとなる「Wrap Up」を佐々木剛教授(東京海洋大学)、山本敦子さんをゲストにお招きし、隅田川に面した東京海洋大学 越中島キャンパスで行いました。
佐々木研究室の学生も参加し、隅田川の水を実際に汲んで行う水質調査や山本さん・佐々木教授・佐々木研究室所属の留学生 李思聡さんによるプレゼンテーション、参加者全員で話すラウンドテーブルの3部構成で進みました。

隅田川そのものを知る機会となった水質調査

まずは隅田川に出かけて、表層・低層、川の深さでどのような違いが生じるかを確かめるべく、佐々木研究室お手製の器具を用いて隅田川の水を実際に汲み、水質調査を行いました。
隅田川そのものを知る機会となり、参加者みな童心に帰って、調査に取り組んでいる様子が印象的でした。

東京をつくったのは水である

山本さんは東京の水辺をアートの創造力で開くアートプロジェクト「オープン・ウォーター~水(*)開く」に取り組み、活動からインプットされた知識を『東京水辺散歩 水の都の地形と時の堆積をめぐる』(2022年10月、技術評論社)にまとめました。
山本さんは、東京の水辺を歩き回っているうちに、東京の水の流れや地形も調査するようになりました。川が山から水とともに土砂を運んでできた巨大な扇状地である東京は、台地上は真水が得にくい土地でした。徳川家康が江戸に入府すると飲み水の確保が始まり、まず井の頭池を水源とする神田川が上水として整備されました。都市が大きくなるにつれ、神田上水だけでは足りず、玉川上水、村山貯水池(多摩湖)、山口貯水池(狭山湖)、小河内貯水池(奥多摩湖)と徐々に上水整備は拡大されてきました。現在は一見、水に溢れた土地のように思われる東京もまた江戸時代以前のように飲料水に困る可能性は大いにあります。山本さんは「東京をつくったのは水であり、水と大地のことを考えずには生活できない」と話しました。

川と海はつながっている

佐々木教授は、川と海のつながりについて、岩手県閉伊川地域に生息するワカサギを例に説明しました。湖の魚のイメージが強いワカサギですが、海でも生きています。ワカサギは川で産卵し、2週間かけて孵化し、川の表層・低層の塩濃度の違いを利用して、徐々に真水から塩分濃度の高い海でも生息できるように成長していきます。川と海のつながりを意識するのは、ワカサギだけではありません。コンブや花見ガキ養殖を行う方など、岩手県閉伊川地域には川と海、さらに森とのつながりを意識して、活動する人が多いそうです。

岩手県閉伊川地域の「関係価値」を見なおす

佐々木研究室に所属する留学生の李さんは、人と居住地域の自然との関係がその人の価値の源泉となる「関係価値」という考え方をもとに、岩手県閉伊川地域を研究しています。李さんは神楽などの伝統文化や水産業から、自然が閉伊川地域に住む人の関係価値に大きな影響を与えていることが見受けられると指摘します。閉伊川地域における関係価値を見直すことから、持続可能な社会や地域振興についても考えていきたいと今後の抱負を話しました。

李さんのプレゼンテーションを受け、清宮ディレクターより「隅田川から川の恵みを感じることは、なかなか難しい。隅田川流域における関係価値とは何か」という問いかけがありました。隅田川流域における関係価値を考えることは、すみだ川アートラウンドの今後につながりそうです。

循環していく対話

ラウンドテーブルでは、今日の活動を振り返り、改めて全参加者各々のアートや隅田川への思いについて話しました。
海洋大生の1人は、「水質調査時の海洋大生/藝大生の動き方の違いが興味深かった」と話しました。高架下を覗き込み、隅田川の内側、隅田川にどんな生物がいるのかを調べようとする海洋大生に対し、藝大生は高所に立って遠くを見て、場所をどう使うか、水辺と人をどう関わらせるかを考えている様子が見受けられ、驚いたそうです。藝大生からも「海洋大で神楽を研究している学生がいることに驚いた」、「芸術方面のことしか関われない気持ち悪さめいたものを普段感じることがあるが、今日は芸術以外に関われて楽しかった」という声もあがりました。海洋大・藝大、普段なかなか接点を持つことがない2つの大学に所属する学生同士が刺激を受け合っている様子が見受けられました。
熊倉教授は、閉伊川が流れる岩手県は日本有数の神楽と伝統芸能の宝庫といわれる地域であり、岩手県の博物館関係者から「伝統芸能ではどんなに頑張っても70%しか先代のコピーができず、次の代では70%の70%となってしまうため、継承者は今の社会とのつながりを考えて継承しないと、形骸化してしまう」という話を聞いたことがあると話しました。ブルーノ・ラトゥールが提唱したアクターネットワーク理論にも言及し、西洋に対し、森・川・海の距離が近いため、自然に対する畏敬の念が深く、関係価値を自明のこととして捉えてきた日本という国の特質も踏まえて、アートを捉えてほしいと話しました。
佐々木教授は、今日のように普段の生活で感じた気づきや問いに関する対話をぜひ続けて、社会とアートをつなげる活動をしてほしいと今後に期待を寄せました。
清宮ディレクターは「第一章:サーキュラー・ダイアローグ」を振り返り、循環していく対話をテーマに、コロナ禍の経験によって話すことに戸惑いを感じるようになった時に、みんなを混ぜるというアートの特性を生かし、改めていろいろな事業者を招いて、対話に取り組んだ1年であったと話します。また「vol.2 食 Food cycle」にゲストとして参加した油井さんが所属する認定特定非営利活動法人山友会が行う隅田川流域に暮らす路上生活者への炊き出しに参加し、隅田川流域の川辺は、隅田川テラスのような憩いの場としてだけでなく、何か困ったら逃げてくる場としても機能していると感じ、隅田川流域における関係価値について考え直すようになったとも話しました。そして人が表現する力、アートを通して、社会をどのように循環させていくかを考え、取り組みたいと今後の抱負を語り、「第一章:サーキュラー・ダイアローグ」は幕を閉じました。
ARTs×SDGs実践に向けたプロトタイプの場に隅田川流域を設定した「すみだ川アートラウンド ラウンドテーブル」は始まったばかり。今後、どのようにアートを通して社会を循環させる取り組みができるのでしょうか。

レポーター:松本知珠
写真:中川周